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概要

韮友会だより_2017

8◆逸へ見み衆筋(逸見氏?甲斐源氏の祖・義光の孫で甲斐源氏3代目・清光が逸見冠者であったことから、逸見清光(別名・黒源太清光)を名乗り地域を統治した。清光には数多くの子がおり、家督は光長が継いだが、兄弟達はそれぞれ分家し信義は甲斐武田氏の始祖に、その他の兄弟は、加賀美、安田、平井、河内、奈胡、浅利、八代といった、甲斐源氏の支流として巣立って行く。その後、逸見氏の直系氏族は、西国のほか若狭国や上総国に移り被官化し、一部の庶流子孫だけが甲斐に残留した。その子孫は武田家滅亡後家康の家臣となり、幕末には江戸にて幕府旗本となっている。ちなみに、逸見姓には桓武平氏で房総平氏一族の逸いつみ見氏がいるが、これは別族である。甲斐ではこの地域の者を古くから逸見筋衆と云う)◇長坂町長坂上条・長坂下条甲斐武田氏一族で、小笠原氏庶流の足軽大将・長坂氏の里で2集落から成る。長坂姓のルーツ地大八田義光の子・義清(武田冠者・甲斐源氏2代)が、常盤国那珂群武田郷(現・茨城県ひたちなか市武田)から、子の清光と共に追われ、甲斐市故郷歳時記その2逸見筋母校韮高の地、旧北巨摩・峡北の地は「武田の里」であり、地名もその歴史を物語るものが多い。甲斐源氏ゆかりの郷里の地名にまつわる故事・由来、その2回目は逸へ見み筋の紹介です。逸へ見み筋とは、甲斐北西部の釜無川以東、御勅使川以北地域にあたります。小澤猛明(韮高11回卒)若神子城跡からの展望